『遺失物管理所』 ジークフリート・レンツ/新潮社 | うさぎの本棚

『遺失物管理所』 ジークフリート・レンツ/新潮社

新潮クレスト・ブックス 遺失物管理所
新潮クレスト・ブックス 遺失物管理所

主人公のヘンリー・ネフは、北ドイツの大きな駅の遺失物管理所に異動になる。実はこの職場、出世の見込みのないリストラ要員の吹き溜まりのような場所。24歳にしてそんな職場に異動になったのだが、ヘンリーはなんだか楽しげなのだ。

遺失物管理所…駅構内や電車内での遺失物(拾得物)を保管してくれている場所だ。私はほとんど忘れ物をした経験がないため、こういう所に御世話になったことはないのだけど、たしか、日本では無料だったと思うのだけど…。ドイツでは駅が手数料を取るらしい。

で、このヘンリー、遺失物が本人のものかどうかの証明をさせるのに、想像力を働かせ、あの手この手を使う。ナイフをなくした旅芸人には、自分を的にナイフ投げを実演させたり、台本をなくした舞台女優にはセリフを暗誦させてみたりするのだ。ヘンリーの性格から言って証明させるため…というよりはやらずにはいられないという、自分の欲望を満たしているだけのような気もする。とにかくトンデモ野郎なのだ。

トンデモで思い出したが、『空中ブランコ』のトンデモ精神科医伊良部を彷彿させるところがある。伯父が上層部にいて、たぶんコネ入社っぽいし、遊んでるだか仕事してるんだか、ふざけてるんだか本気なんだかわからない。でも一応仕事は片付いていくし、人に対してやさしいところもある。

そうしたヘンリーのトンデモぶりが飄々とした感じで展開される中でも、バシュキール人の友人に対する人種差別や、身辺に出没する暴走族や人員削減などの暗いテーマも織り込まれている。このあたりがなんだかドイツの香りがする(ドイツの香りってどんな香りなんだ?)。しかもこの作品ちょっとレトロな香りもするのだが、どうやら最近の話らしい。ま、巨匠レンツ77歳の作品らしいので、それもやむ無しか…。

全体を通して作品に漂うなんともいえない空気感が良かったが、同時に終始気になったのは、翻訳。ドイツ語の原文が浮かんできそうな感じで、ややぎこちない気がした。