『花まんま』 朱川 湊人 | うさぎの本棚

『花まんま』 朱川 湊人

花まんま
花まんま

表題作を含む6作を収める短編集。
収録作のいずれも、主人公が小学生の時に経験した不思議体験を回想形式で綴っている。

この作品、ホラーだと聞いていたので、ホラーが苦手な私はなかなか手を出せずにいた。
しかし、読んでみるとホラーというよりも怪奇幻想風味の人情話。

「トカビの夜」
主人公の家のある袋小路の一番奥に在日朝鮮人の兄弟チュンジとチェンホが住んでいた。
外国籍の人間に対する差別と偏見は、子どもたちのなかにもなんとなくだがあった。
仲間はずれにしてしまったことの後悔、差別を受ける側の切なさが描かれている。
各家にトウガラシを配る親子の姿を思うと何とも切なくなる。

「妖精生物」
6作の中で唯一、ものすごーーーく恐かった作品。
主人公は、魔法使いが作ったという妖精生物を買って来る。それを飼っていると幸せが来ると言われたのだけれど…。
読み終わったあともあの顔が脳裏に焼き付いて恐ろしかった。しかも、とどめをさすような最後の一文。これは間違いなくホラーだ。

「摩訶不思議」と「送りん婆」はいかにも大阪人っぽい人物が描かれている。特に「摩訶不思議」はひときわユーモラスな内容だった。ツトムおっちゃんのタコヤキ人生論には膝を打ちつつも爆笑してしまった。

「花まんま」
ある夜寝ていた妹が突然むっくりと体を起こし、「兄やん…フミ子な、前に真っ暗なところにおったんよ」と言い、薄暗がりの中でにやぁ…と笑った。
この場面はなぜだか「エクソシスト」が思い出され、ぞっとした。この日を境に、子供らしい可愛さがきれいさっぱりなくなってしまった妹を必至に守ろうとする兄の思いに胸を打たれてホロリとくる。

「凍蝶」
「トカビの夜」と同じく差別問題を扱っている。差別の仕掛け人は親たち。家庭で親が差別的な発言をするのを聞いて、子供たちはそれを頭から信じ込んでしまう。他の子供と同じ食器を使うなとか、昼寝の時自分の子供はなるべく隣に寝かさないで欲しいとか…。
本人は何も悪いことをしていないのに…仲間はずれを正すべき立場の親がまるで黴菌でも扱うような差別をする。
こういう差別は身近ではなかったが、この時代の大阪下町では当たり前のようにあったのだろうか。
冒頭の鉄橋人間の細かい描写はちょっとグロテスクだった…。

収録作のいずれもが約30~40年前の大阪下町を舞台に描かれている。差別や貧しさ、涙と笑いが入り混じった時代。そんな時代を知らなくても、どこか懐かしい気持ちになり、子供時代を思い出す。
切なく、ノスタルジックで、ちょっと恐いけど優しい…そんな作品だった。